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奈良地方裁判所 昭和36年(レ)30号 判決

判  決

奈良県橿原市見瀬町二〇三五番地

控訴人

島田芳太郎

同県桜井市大字桜井二六二番地

被控訴人

冨田宇市良

右訴訟代理人弁護士

白井源喜

右当事者間の昭和三六年(レ)第三〇号土地明渡等請求控訴事件について、当裁判所は昭和三七年五月一六日終結した口頭弁論に基き次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

被控訴代理人は請求原因として「被控訴人は昭和一九年一二月五日奈良県知事から畝傍都市計画事業橿原土地区劃整理のための換地処分により原判決添附の別紙目録記載の土地(ここに原判決添附の目録および図面を引用し、該土地を以下本件土地と称する」を取得することの認可を受け、換地代金を納付してその所有者となつた。ところが控訴人は被控訴人に無断で本件土地を耕作しこれを不法に占有しているので、その地上の耕作物を収去してその明渡を求める」と述べ、

控訴人の抗弁事実をすべて否認して「被控訴人は本件土地を控訴人に貸したことはなく、又農地委員会といえども第三者所有の土地を他人に貸与する権限を持つものではない。控訴人は他人の土地を無権原で耕作しこれを不法に占有したものであるから占有の始め善意でなかつたばかりか、被控訴人に対する賃料の支払もなく、又所有の意思で占有を継続したものでもないから本件土地の賃借権若しくは所有権を時効によつて取得したとする主張は理由がない。なお被控訴人は控訴人の本件土地占有の始期を争う」と述べた。

控訴人は答弁として「被控訴人が本件土地を所有することおよび控訴人が本件土地を耕作してこれを占有していることは認める」と述べ、抗弁として「控訴人は昭和一五年一一月二日当時の畝傍町農地委員会が食糧増産のため休閑地利用を勧奨し、開墾者には該土地の小作権(賃貸借若しくは使用貸借にもとずく利用権)を付与するということだつたので、それに応じて本件土地の開墾を始め、以来今日まで耕作を続け、途中昭和二五年より同二八年上半期まで小作料として合計二、一八〇円を右農地委員会を通じて奈良県に納入しているのであるから控訴人は本件土地の小作権を取得している。仮りにそうでないとしても控訴人は右昭和一五年一一月二日より小作権(賃貸借若しくは使用貸借にもとずく利用権)ありと信じその意思で、若しくは自己の所有地として、平穏かつ公然に本件土地を占有して耕作を続けてきたものであり、その占有の始め善意でかつ過失もなかつたものであるから、右占有開始後一〇年を経過した昭和二五年一一月二日より、また右占有開始の始期が認められないとするも被控訴人が本件土地の所有権を取得した昭和一九年一二月五日から一〇年を経過した昭和二九年一二月五日より控訴人は時効によつて本件土地の小作権若しくは所有権を取得したからここに右時効を援用する。従つて控訴人は以上の各権利によつて本件土地を耕作使用するものであるから、これが明渡に応じられない。なお控訴人は本件土地を含め三反三畝一六歩の農地を耕作する者であるから、被控訴人が控訴人に対し農地である本件土地を農地法に定める手続を踏むことなしに引渡を求めることは許されないものである。」と述べた。

証拠(省略)

理由

被控訴人が本件土地を所有すること。および控訴人が本件土地を耕作して占有していることは当事者間に争いがない。よつて以下控訴人の各抗弁について判断する。

一、小作権を取得している旨の抗弁について

そのいわゆる小作権について控訴人は賃貸借若しくは使用貸借にもとずく利用権である旨主張するのであるから、本件土地に関し右賃貸借契約若しくは使用貸借契約があつたか否かについて判断するに、

(証拠)によると、昭和一八、九年ごろ本件土地一帯は雑草の生茂つた牧場跡であつたが、食糧事情が次第に窮迫してきた頃であつたため附近の人が空地利用の目的で本件土地の周辺を思い思いに開墾して野菜等を栽培するようになつていたところ、控訴人もその中の一員として本件土地の開墾に着手したものであり、当時の農地委員会としても食糧増産の見地からかような空地の開墾を奨励していたのであつたが、控訴人の本件土地開墾に際して具体的に開墾地を特定してそれを勧奨したことはなく、いわんや開墾した者に対して該土地の小作権(賃貸借若しくは使用貸借にもとずく利用権)を付与する旨の約束をした事実もないこと、更に控訴人は開墾に着手して以来本件土地に関し何人との間にも賃貸借契約若しくは使用貸借契約を結んだことのない事実を認めることができる。(中略)他に右認定を左右するに足る証拠はない。尤も(証拠)によると本件土地は昭和二三年三月二日自作農創設特別措置法にもとずき、国の管理分掌官たる奈良県知事によつて買収され、昭和二六年一月三一日同知事は右土地を訴外若林好三郎に賃貸したのであつたが、当時本件土地は既に控訴人が事実上耕作していたため右若林好三郎もその事実を承認して引き続き控訴人をして耕作せしめ賃料は右若林好三郎名義で奈良県に納入していた事実を認めることができるが、しかし(証拠)によると前記買収処分は昭和二八年一〇月一日付で取消されそれに基き昭和二九年四月一五日前記賃貸借は解除されているのであるから、仮りに控訴人が前記の如く事実上賃料を県に納付して本件土地を耕作していたのであるからその時から賃借権を取得したものであつたとしてもその利用権限は既に消滅に帰したものといわねばならない。

二、時効取得の抗弁について

(1)時効によつて本件土地の小作権(賃貸借若しくは使用貸借にもとずく利用権)を取得したとする点について。

時効によつて権利を取得するためには、その権利者らしい外形が一定期間継続することが必要である。ところで賃借権も使用貸借にもとずく利用権も共に人に対する権利すなわち債権であるから、その権利を時効によつて取得するためには賃借権若しくは使用貸借にもすぐ利用権を有するような外形、換言すれば外形上貸主、借主の関係がまず具体的に認められなければならないと解するところ、(証拠)によると、控訴人は本件土地耕作の当初、該土地が何人の所有に属するかさえ知らなかつたものであり、被控訴人も控訴人が本件土地を耕作しているかどうかを明確には知らなかつたものであることを認めることができ(以上の認定に反する証拠はない)、又前認定の如く、奈良県知事の貸付に基く賃貸借はその解除により消滅しているのであるから、いずれにしても控訴人が耕作していた本件土地については具体的に貸主、借主の外形が継続して存在していたとは認められず、従つて控訴人は賃借権若しくは使用貸借にもとずく利用権の主体としての外形を一定期間継続して有していたとは認められないから、債権である右小作権(賃貸借若しくは使用貸借にもとずく利用権)を時効によつて取得したとの主張はその余の要件を判断するまでもなく採用することができない。

(2)時効によつて本件土地の「所有権」を取得したとする点について、

(証拠)によると、控訴人は本件土地耕作の当初、該土地がともかく他人の所有地であることは知つていたものであることを認めることができ又前記奈良県知事の買収に基く一時貸付の際も控訴人は訴外若林好三郎名義でその賃料を県に納付していたのであるから控訴人はその主観において本件土地を自己の所有地として耕作していたものではないことを推認することができる。他に右認定を左右するに足る証拠はないばかりか、控訴人が本件土地を耕作中にその意思が所有の意思に変つたと認むべき証拠もない。所有の意思のない占有はたとえ二〇年以上継続しても該土地の所有権を取得する謂はない。よつて時効によつて本件土地の「所有権」を取得したとする主張も他の要件を判断するまでもなく採用できない。

三、なお控訴人は本件土地は控訴人が長年の間耕作してきたものであつて、いわゆる農地であるから、農地法所定の手続を踏むことなくしてその引渡を求めるのは許されないと主張するが、農地法第三条の規定する農地等の権利移動の制限は適法な権利を前提としてその権利を設定若しくは移転する場合には都道府県知事の許可を要するものであつて前記認定の如く控訴人の耕作が何等適法な権原に基くものではない本件の如き場合には右農地法の規定は適用なく、控訴人の右主張は採用に値しない。

以上控訴人の各抗弁はいずれも採用することができず、結局控訴人は被控訴人に対し適法な権原なくして本件土地を耕作し、これを不法に占有しているものといわなければならない。そうだとすれば本件土地の所有権に基き控訴人に対しその地上の耕作物を収去してその明渡を求める被控訴人の本訴請求は正当として認容すべきであり、これと同旨に出た原判決は正当であつて、本件控訴は理由がない。よつて民事訴訟法第三八四条により本件控訴を棄却すべく訴訟費用の負担につき同法第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。

奈良地方裁判所民事部

裁判長裁判官 大 田   外

裁判官 前田治一郎

裁判官 高橋金次郎

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